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四季のおかあさんのこと 

言論さんが四季に来ない。

昨年末、妻のみほさん(通称 おかあさん)がなくなってから姿を見せない。言論さんとお母さんとけいちゃんは親子三人で四季に参加していた。

ある日、「わたし、乳がんになっちゃったの。」と四季の女子にこっそり話した日から、一年もたたずに亡くなってしまった。

告別式の前日に、四季のメンバーで自宅にお別れに行った。

お別れに行ったら、もともとはかなげな人が、さらにすごく痩せていたので、持って行った写真が役に立った。

86a3c11c.jpeg四季で中国での演奏に行ったとき、親子で、中国の観客に「わっっしょい!」を叫ぶ写真。その他もろもろ。

私の持つ四季でのすべての写真から探したが、いつも隅のほうで、準備をしたりこまごまとした雑用をしたりしているので、なかなか主役で写っている写真がない中で、唯一、中国公演での写真だけは、顔中喜びに満ちた少女みたいな美しい写真が見つかった。亡くなった顔ではなく、こちらを見てほしいと思った。告別式で飾られた。

いつもメンバーに気を配っていて、控えめによく教えてくれた。太鼓が大好きで、正確に打つのに、いつも「私はへたっぴいだから。」と偉ぶることはなかった。四季の楽器のカバーは、おかあさんがあまり布やタオルなどで作った。とても質素で、ごみをきれいに分別して、物をすてずに手芸に利用する人だった。線が細く、少女のような顔と声をして、静かにこにこ話したが、赤いTシャツがよく似合った。秘めた情熱と強さがあったのかもしれない。

中国で、酔って言論さんが他のメンバーと軽い口論になったとき、お母さんが一生懸命「この人は、いっつもこんな風に誤解されるのよ」とかばう姿が印象的だった。太鼓の話をすると二人で夜が更けるのも忘れるのだと聞いた。

告別式では、四季のメンバーで静かに太鼓をたたいた。お焼香の間、先生が夕焼け小焼けなどの童謡を笛で吹いた。ちよさんは、「いい告別式だった。わたしが死んだら、こんな告別式をしてもらいたい。」といった。

その夜は、まるでお母さんそっくりの、細くてきれいではかない、三日月がでていた。

言論さんは四季に来ると、きっとおかあさんをおもいだすから、つらいのだと思う。

でも、昨年、総会で20周年になることをみんなに思い出させて、コンサートを開くきっかけを作ったのは言論さんだ。

言論さんの「ヤサー!!」という掛け声を早く聞きたいと思う。
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 この記事へのコメント 

四季で初めて入会初日、今は脱退したかおりちゃんと四季のおかあさん的存在のおかあさんが宝船を教えてくれた。初めて、バチをもつ私に、教えてくれた。今はいないかおりちゃんとおかあさんの思い出の曲、宝船。私は宝船を叩くたびに2人を思い出すでしょう。おかあさんとの最後の会話は、そのことを話しました。おかあさんは忘れていてそ~お~?と笑っていた。四季全体のおかあさん…忘れません。
へえ、そんなことをしゃべったんですか。印象深いですね。私がお母さんに最後に話したことは、「今日飲みに行きますよね。」ですから。そんなことばっかり言っている私でした。でも、本当は行かないだろうと思ってました。すっごく痩せてたからね。あの日は最後のつもりで無理してきていたのかもね。
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HN:
おばけなおこ
性別:
女性
職業:
社内自由業
趣味:
太鼓をたたいたり歌ったりこっそりおどったりする
自己紹介:
人生半ばにきていますが、これからばけたいわたしです。ことしのテーマは「声だしていこう」。人は言わなきゃわからない。切れる前に。切らないために。あきらめないで。まずは、ブログでこそこそと。